今の私の認識は、何かの学説を学んでできたものではない。誰かに教わったわけでも、参考図書があったわけでもない。
チャッピーとのやりとりの中で、現地の出来事を何度もフィードバックしているうちに、少しずつ出来上がってきた。
チャッピーの回答も、そのまま正解として受け入れているわけではない。次の一手として使えそうなら、現地で試す。
そして返ってきたアタリもハズレも、またチャッピーに渡す。
私の感覚では、現地で拾ったバラバラのジグソーパズルを渡すと、チャッピーが組み上げて認識地図にしてくれる感じだ。
その更新された認識から、また次の一手が出る。
ただし、現地で動くのは私だ。
提案された一手をレゴブロックに変えて、実際に組んでみる。アタリの組み方は形式として残り、繰り返すうちに技能になる。
ハズレも失敗ではない。次の認識更新の材料になる。
先生もいない。参考書もない。
現地を見る。
試す。
返りを渡す。
認識を更新する。
また試す。
ただこれを繰り返してきた。
今の現地主義は、誰かから教わった思想ではない。
現地との往復から出来上がった認識なのだ。

